アメリカの文豪アーネスト・ヘミングウェイに『For Whom the Bell Tolls?(誰がために鐘は鳴る)』という小説があります。戦前のスペイン内戦を舞台に、勇敢な青年の戦いと男女の恋を描き、戦争の不条理と人生の悲哀を感じさせる名作です。と筆者は思います。
中学校の修学旅行で関西に行ったとき、宝塚歌劇団のミュージカル『誰がために鐘は鳴る』を観ました。主人公の青年役は鳳蘭、恋人の女性役は遥くららでした。大変感動し、今でも音楽(一部ですが)と劇の模様を覚えているほどです。
スペイン内戦の最中、青年ロバート・ジョーダンは、自分たちの目の前の戦いが作戦上無駄になったと知りながら、既定の作戦を遂行して瀕死の重傷を負います。そして、最期は仲間を逃がして一人死んでしまいます。
戦争という異常な状況、青年の勇敢さ、恋人や仲間との別れ・・・余り脈絡は無いのですが、なぜか真田幸村のことを考えると、この『誰がために鐘は鳴る』を想い出してしまいます。このブログの第1回目に触れた判官びいきのせいでしょうか。あるいは、青年ロバート・ジョーダンの最期が、大坂夏の陣で散った幸村の姿に重なるからかもしれません。
そういえば、小学生の頃に読んだ伝記『真田幸村』での幸村の最期の印象は、戦い疲れて一人戦場の松の木の根本に腰を下ろし、これから死に臨んで、無念の想いはなく、何か人生を有意義に全うした者の想い残すことは無いといった静かなものでした。
アジア、特に中国では敗者に対して冷たいようですが、『誰がために鐘は鳴る』が人気のある欧米は、日本人と似た心根があるような気がします。そうだとしますと、幸村は欧米でも人気が出てもおかしくないと思うのです。
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