幸村のイメージは?(その3)

By kakizaki, 2014年8月21日


 今回は趣向をかえて、大風呂敷を広げてみたいと思います。

 歴史的なヒーローは世界で様々ですね。

 世界の歴史的なヒーローといえばどんな人たちでしょうか?

 紀元前4世紀マケドニアのアレクサンダー大王、紀元前1世紀ローマ帝国のユリウス・カエサル、12世紀イングランドの十字軍遠征の英雄リチャード1世(獅子心王)といった人たちが、きっとユーロッパの歴史的なヒーローの代表でしょう。フランスのナポレオン・ボナパルトもそうですね。

 アジアは?中国だと紀元前3世紀の秦の始皇帝三国志時代の魏の曹操などがヒーローのような気がします。幸村とほぼ同時代人の清の初代皇帝ヌルハチもそうかもしれません。明の太祖・朱元璋もそうだと思うのですが、どうでしょうか?

 海外のヒーローというと、どの人もとても力強く、一つの民族にとどまらずに世界的な意味で新しい時代を切り開いた人といったイメージがあります。

 では日本ではどうでしょうか?

 百万人といえどもわれ往かんといった豪傑は大勢いると思いますが、極東の島国で世界史に名乗りを上げられなかったせいか、世界的な意味でのヒーローはいませんね。個人的には12世紀の平清盛、16世紀の織田信長豊臣秀吉などは、国内統一に満足せずに海外に目を向けた英雄だったと思いますし、近年は海外からも高く評価されている幕末の坂本龍馬も入るかもしれません。

 では本題の主人公である幸村はどうでしょう?上の人物群と比較するのはお門違いとは思いますが、あえて比較してみると、後世の日本人への影響という点で、筆者は(日本史だけに限った影響とはいえ)上の人物群とそれほど遜色は無いといえるのではないかと思います。あるいは、日本型ヒーローを代表していると思うのです。

 少し脱線するようですが、戦国時代の豪族争いについて考えてみたいと思います。

 信濃の国は山国で土地が狭く、山を挟んで多くの村々が点在し、時にいがみあったり時に外敵に対して協力して戦ったり。平野が無いものだから戦い方も尾張などの平野地域と違ってややみみっちいというか、小競り合いの連続の歴史だった観があります(武田信玄と村上義清、武田-上杉の川中島の合戦などの例外はあるにしても)。

 戦国時代、長野県は小さな群雄割拠の世界で戦いに明け暮れた地域です。これには不思議な感じを受けます。奈良の大和朝廷時代には上田市に国分寺がつくられ、信濃の国といえば日本書紀の時代から知られた大国だったと思うのですが、甲斐や越後のように統一政権が生まれたことがありません。一説には昔から個々は小さいが豊かだったから争う必要がなかったといいますが、恐らくは地政学上の問題なのでしょう(もしかしたら諏訪大社のおかげ?)。いずれにしても、長野県は、小さな豪族が互いにいがみ合う中、南は武田氏、北は上杉氏、東は北条氏といった戦国大名の草刈り場であった訳です。

 こうした環境は、真田氏はじめ信州の諸武将の戦術、つまり、小規模集団どうしの戦いで磨いた戦法に色濃く表れていると思うのです。例えば、14世紀の楠正成の千早城の戦いなどに似た感じを受けるのです。あるいはまた毛利氏を生んだ中国地方の山間の雰囲気とも似ているかもしれません。楠正成や毛利元就のように、悪くいえば奸計をめぐらす戦い方に真田氏は似ていませんか?関ヶ原の戦い(1600年)の前夜に上田城で徳川秀忠軍を撃退した真田の戦法なども、弱者が強者を打ち負かす上で仕方なかったとはいえ、何かとても似ている感じがするのですが。

 話を元に戻しますと、実は上述した寡兵をもって大軍に勝つというのが日本人好みだと思うのです。そして、この好みからしても、真田幸村はまさしく日本の歴史的ヒーローだと思うのです。しかし、筆者はこれだけにとどまらず、幸村が後世に特別に美化されるだけの何かを持っていて、それ故に、世界史的なヒーローたちと比べても見劣りしないといいたい訳です。


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