武田家の長老を少しご紹介!パート2!

By nagamo, 2007年1月30日


皆さんこんにちは!
いかがお過ごしでしょうか?
さて、前回のご紹介しました【板垣信方】はいかがでしたか?
山本勘助の良き理解者ですが、村上義清との上田原の合戦で戦死してしまいました。
今回ご紹介しますのは「武田の赤備え」として恐れられた【飯富虎昌】ろ簡単ですがご紹介したいと思います。
【飯富虎昌】(1504~1565)
軍事ではとても頼りになるが、勘助とはライバル関係でした。飯富は三条夫人の長男・義信のモリ役(世話係)でした。義信を後継ぎにしようと頑張りますが、勘助は勝頼派でしたので、当然ライバル同士となるわけです。
しかし、次第に信玄の考え方に納得いかず遂に対立してしまいます。
それ故、飯虎は自刃します。
軍事的には、大変優秀な人物であり、「武田の赤備え」といって、飯富隊は全身真っ赤ヨロイで固めていた。別名「飯富の赤備え」ともいわれ、見ただけで敵が震え上がったという。板垣に代わる筆頭家老的な役割を果たしていた。
次回は【甘利虎泰】をご紹介したいと思います。
それでは!


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