真田宝物館~真田一族の記念館~

By nagamo, 2006年12月20日


こんにちは!
12月も後残すところ約10日ほど…。
忘年会シーズン真っ只中ですね!
先々週、長野市松代にあります【真田宝物館】に行って来ました。
只今、来年NHK大河ドラマ「風林火山」に沿って、「川中島の戦い」に関する展示会が開かれています。
天気が生憎の雨模様でしたが、思ったより多くの方々が見に来られていてびっくりしました。
改めて「風林火山」の凄さを感じました。
この、【真田宝物館】については、3回に渡りご紹介していきたいと思います。
真田宝物館内
【真田宝物館】は【松代城址】もすぐ隣にあります。
少し【松代城】についてお話ししますと、【松代城】は【武田信玄】によって造営されたと言われています。城内には、「三日月堀」があり、「二の丸」と「三の丸」との間、南門の正面におかれたこの堀は、武田関係の城郭に良く見られるものです。
【松代城】には、武田の頃から江戸時代を通して天守閣がつくられませんでした。そのかわりに、「本丸」の中に藩主の御殿がつくられました。
石垣は各時代に積まれており、一番古いもので、城北西の石垣が戦国時代末期のものといわれています。
真田宝物館内
城下町は武士ばかりでなく、商工業者や寺社を集めた幅広い性格の都市でした。
松代の場合、商工業者が住む地域を「町八町」と呼び、八つの町がありました。
真田宝物館内
上の写真の「法螺貝」は【武田信玄】より真田家に贈られたものです。
永禄3年(1560)、【上杉謙信(影虎)】は、「関東管領職」えお譲り受けたことを名目に関東に進出、その一環として本格的に北信濃制圧に乗り出しました。
北信濃を守ろうとする【武田信玄】と関東に進出しようとする【上杉謙信】は、こうして「川中島」で戦いをすることになるのです。【武田信玄】は【上杉謙信】との直接的対決を極力避けるため、上州に進出していきました。
すると、真田の地から「鳥居峠」を越え上州吾妻郡に抜けるルートが重要性を増し、真田家はその先頭に立って、【武田信玄】の上州攻略に関わるようになります。
真田宝物館内
ちなみに、上の写真何だと思います?
→当時の手術用具らしいです…。「のこぎり」みたいなものが見えます…(恐怖)
いかがでしたでしょうか?
それではまた次回!


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