幸村の生きた時代は?

By kakizaki, 2014年9月18日


日本史で戦国時代を好きな人、詳しい人はたくさんいるでしょうから、ちょっと変わった角度から幸村の生きた時代に触れてみたいと思います。

幸村は1615年の大坂夏の陣で死んだ時は確か50歳ぐらいだったはずですから、生まれたのは1565年頃ですね。前回触れたイギリスの文豪シェイクスピアは1564年生まれの1616年没(ヒトゴロシにもイロイロある。/今年は生誕450年でいろいろなイベントがあるようです)と記憶していますが、幸村とはほぼ同学年です。あの『ロミオとジュリエット』や『ベニスの商人』『マクベス』『リア王』の生まれたのが幸村の生きた時代とは!・・・感慨深く感じるのは筆者だけでしょうか。

ほとんどの人が知っているアイザック・ニュートン(リンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したあの人。1642年生まれの1727年没だったと思います)は、幸村の約半世紀後の人です。イタリアの天文学者チコ・ブラーエ(ガリレオ・ガリレイの発明した天体望遠鏡を使って太陽系の惑星運動の法則を発見。その結果からニュートンは万有引力の法則数学の微積分学を発見したといわれている)とほぼ同時代人です。ヨーロッパではルネッサンスを経て近代科学が大きく開花しつつあった頃ですね。そういえば、数学のXY座標といった座標概念を創始したルネ・デカルト(「われ思う故にわれあり」の人)も同時代ですね。自然科学史を好きな人間からすれば、幸村の時代はワクワクする時代です。

とはいえ、世界中が戦乱に明け暮れていた時代で、ヨーロッパではスペインの無敵艦隊を破ったイギリスが世界の海の制覇に乗り出し、インドに東インド会社をつくったり、中国では明朝を満州族が倒して清朝を興したりしていた熱い時代です。日本では戦国時代を経て、関ヶ原の戦いで東軍が勝利し、1615年大坂夏の陣で江戸幕府の基礎がほぼ固まった頃です。

記憶が定かではありませんが、シャム国(今のタイ)に1万人もの日本人街ができて山田長政たちが活動していたり、ジャングルの中の世界遺産で有名なアンコールワット(今のカンボジア)を日本人が訪れたり、今は世界最大のカジノの街になった中国・マカオで日本人キリスト教徒が活動していた(当時建てられた世界遺産の聖ポール天主堂には日本語も書かれています)のもこの頃です。

こんな時代に幸村は生きていたんですね。

こういっては失礼ですが、田舎の山の中から広い世界に出て行って華々しく散った幸村は、まるで現代のグローバル化の時代に世界を股にかけて活躍している企業家(政治家?)のようにも見えます(ただし華々しく倒産しては困ります)。

もし、これから長野県に世界中から外国人観光客がたくさん来て、真田幸村という戦国武将のことを知ったら、どんな感想を持つでしょうか?筆者は是非、外国の方たちに昔のグローバル化時代に活躍した武将として幸村を紹介したいものです。少しこじつけのきらいはありますが。

リンクページはWikipediaを利用しています。


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